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木島平人03|丸山一成さん

木島平人03 丸山一成さん

原大沢地区に住む丸山さんは、毎年4月上旬に開催される福寿草まつりを実施する「御魂山公園を愛する会」の会長。これから見ごろを迎える「福寿草群生地の環境づくり」について、取組を伺った。

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丸山さんは、高校生まで村で生活をし、大学は東京の大学へ。大学では法学を学び当時の夢は「裁判官か検事」だったとか。大学で法学を学ぶ一方、趣味で絵画を学び、飾られている作品は100を超え今でも製作活動を実施中。「農協の応接室に…長野駅前の●●飯店に…▲▲小学校に…」と、丸山さんが仕事で関連してきたあちらこちらにその作品は飾られているという。

 

 

「長男だから」

大学を卒業するころ、村にいる親父さんから「長男なんだから近くにいてほしい」と言われ、長野県庁に入庁された。県庁では事務職でありながら、教員免許を持っていたので、「教員」にもなったとか。
退職まで県内各地の機関で職員をされ、木島平村の実家に移り住んだ。

“村へ帰った際に、地元の老人クラブを母体とする「福寿草を愛する会」という会が原大沢区にあり、自生している福寿草を大事に大事にしている活動をしていました。私が区長となった平成8年に、「福寿草を愛する会」と、若(わけ)しょ会、老人クラブ、わが区を美しく委員が中心となって、「御魂山公園を愛する会」を結成し、毎年、約1haの福寿草群生地をイノシシや雑草にも負けず、管理をしてきました。
いろんな助成金に応募して、そのお金で桜もたくさん植えました。桜の木の下でお弁当をたべる。そんな憩の場が出来たらいいなと思っています。”

 

「村の福寿草は他のモノと違う」

“原大沢の福寿草は、花びらが複層で、他の地域で自生している福寿草は単層と、その性質が違っていてめずらしいんです。今では、「馬曲のやまぶき」「稲荷稲泉寺のハス」と並び、御魂山の福寿草は、木島平村の3花と呼ばれるようになりました。福寿草は、木島平村の「村の花」にも昭和50年7月に指定もされました。長い冬の期間、雪の下でじっと耐え、やがて雪どけと共にいち早く芽をふき、開花する。北国の厳しい自然を克服し、豊かな地域づくりにはげむ木島平を象徴するにふさわしい村花として全村民のアンケートにより決定したものだそうです。福寿草を囲む原大沢の歴史も非常に多くあって、特に同集落に伊勢神社系列と明治神宮系列の神社が2つあるのは、めずらしいと言われています。”

 

「人出不足を支えるのは。。。」

しかし、福寿草群生地の管理は人出が必要。人口減少の波は原大沢区にも。。。そこに助っ人が現れた。

“「昨年の草刈りの参加者は6人で3時間かかりました。。。。これでは今後は続きませんよ。でも、最近、若い人が来てくれるんです。」“

若い人とは、村が連携協定をしている早稲田大学学生サークル「わせだいら」の皆さん。
今年3月には、戸立岩分校跡地で、「戸立岩スノーフェス」として、北信地域で活躍する学生を集め、「地域×学生」を熱く発信するなど、その活動はアグレッシブだ。平成24年以降毎年参加してくれているという。

“私も年だし、今年で福寿草祭りは終わりかなと毎年思ってしまう。だけど、福寿草祭は、村の大事な観光イベントであるし、集落のみんなにも村のみんなにも、学生とか外の人にももっと大事に思って欲しい。私も、体力がある限りこれからも続けたいし、続けるべきだと思う。”

学生の協力は助けになるが、もっともっと沢山の人の協力が必要で、特に中心になる人の育成がとても重要と強く感じた。

 

「良いところがマイナスでもある」
最後に木島平村の好きなところ、村づくりへの思いを語ってもらった。
“木島平村の魅力は、米、風景、水、植物、気候など豊かな自然ではないでしょうか。木島平村はなんでも栽培できる。だけど、それでは特徴がない。マイナスでもあると思います。答えはありませんが、もっと、他にはない“何か”が必要だと感じています。
荒廃地も増えていると言われています。せっかくの風景が台無しですよね。でも、高齢化によってそれは防げません。もっと、調布市などの都市住民との交流で、農地を使ってもらうのもいい案かもしれませんね。“

 

 

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丸山一成(まるやまかずなり)さん
1940年の生まれの77歳。
御魂山公園を愛する会会長、元議会議員、元農業委員、元原大沢区長
2012年に行われた群馬県川場村で「瑞穂の国美味しいお米コンクール関東甲信越静大会inかわば」では、木島平村発のグランドチャンピオンに。ワイン葡萄も栽培する農家。

※平成29年の福寿草祭は都合により未実施。

場所:木島平村原大沢区 福寿草群生地

https://goo.gl/maps/qVC7FXEgFzp