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木島平人10│石川清人さん

スキーシーズン直前の12月半ば過ぎ、営業準備が終わったばかりの木島平スキースクールを訪ねた。今回紹介する木島平人は、この木島平スキースクールの校長を務める石川清人さんです。

石川さんは1961年にこの村で生まれ、その2年後に親が民宿を始めたそうです。その年は木島平スキー場ができた年です。36歳の時に親から民宿を引き継ぎ、今は民宿石川荘と農業を生業としています。

小学校3年から始めたアルペンスキーは高校までを続け、20代の頃から、スキー学校のインストラクターをしたり、ジュニアスキークラブのコーチや民宿の客にスキーを教えたりして来ました。スキーの指導員の資格を持っていて、木島平スキークラブのクラブ長も長年務めました。とにかく、子ども頃からずっとスキーに関わって来た人なのです。

変わる環境

木島平スキー場をずっと見て来た石川さん、時代の変化と共にスキーを取り巻く環境の変化も見て来ました。
「スキースクール客層は、人数が多いのは中学生の修学旅行。一般客では、小学校4、5年生までのスキー初心者の子供が多くなった。昔と比べるとバッジテストや級を受けるようなお客さんや社会人でスクールに入る人は少なくなったね。」

バブル時代のスキーブームが去り、スキー人口が激減した直後は、危機感を持ったそうです。かつて木島平村には40軒近い民宿があったそうですが、今は6軒になってしまいました。スキー客が減ったことで宿がやめると、宿が集客してきた部分も無くなるから、スキー場に来る人は更に少なる。スキー場の客が減ったのはその悪循環も拍車をかけているのではないかと石川さんは言います。

また、スキー客の人数が減っただけでなく、客のニーズや客層も変わったと言います。
「昔のスキーヤーはとにかく数をたくさん滑りたいという人が多かったが、今は量より質を求めるお客さんが増えたと思う。」
確かに、若者が減り、年配者や家族連れが増えてきています。ガッツリ滑るというより、のんびり冬のレジャーを楽しむといった傾向になって来ているようです。

12人が80人に

スキーブームが去り、スキー客の減少と共に、スキースクールにはもう一つの悩みがあると言います。現在、木島平スキースクールの常勤インストラクターは12人だそうですが、インストラクター不足でスタッフの確保が大変、繁忙期になるとスクール同士で指導者の取り合いになるそうです。

「若い指導員が増えてこないから、スタッフの年齢も上がって来ている。」
「スキー学校のインストラクターをやるような人は、子どもの頃からスキーをやっていたけど、今は、地元でもスキーをやる子どもが減ってる。小学生、中学生、高校と上に上がるに連れてスキーをやる人数は減って行くから、大学生になるとほとんどいない。将来インストラクターをやるような人材が育たなくなっている。」

若いスタッフが増えない原因は他にもある。スキースクールは仕事は冬しかできないからです。
「会社勤めの人には無理だから、実際、今いるスタッフは皆、農業や建築関係の自営業をしている人たちです。」
冬以外に別の仕事を持てる人しかできないという条件がスキー指導者への門を狭めているんですね。

しかし、スタッフ不足と言いつつも、話を聞いていて感心したのは、大きな団体を受け入れる時などはスタッフが大勢必要になり、多い時には80人近いインストラクターで対応するそうです。そんなに集められるのかと驚いたが、石川さんをはじめ、常勤スタッフの人脈が広いということなのでしょう。

「またやりたい」と思わせる

人にスキーを教える仕事を長くして来た石川さん。大切にしていることは、
「特に子どもや初心者に対しては、またやりたい、楽しかったと思ってもらえるように教えるようにしている。」
「スタッフには、『こんな風に上手くなりたいな』と憧れてもらえるようにプライドを持ってやって欲しいと言っている。」

最後にこれからやってみたいことや夢があるか聞いてみました。
「スキースクールの常勤は定年制にしたので、60歳になったら辞めます。その後のことは模索中だね。でも、何らかの形でスキーや雪に関わっていたいと思っている。」

石川さんは本当にスキーが”好きー”なんですね。

 

 

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石川清人(いしかわきよと)さん
1961年生まれの56歳
木島平スキースクールの校長
民宿石川荘(詳しくはこちら)と農業を営む

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全日本スキー連盟公認
木島平スキースクール
http://pink.ap.teacup.com/kijimadaira/
TEL /FAX 0269-82-4091
長野県下高井郡木島平村上木島 木島平スキー場内