MENU

木島平の風景「四塚」

国道403号線から村へ入ると、左手に田んぼの中に浮かぶ4つの山が見えてくる。「根塚」「平塚」「大塚」「小塚」、総称して「四塚」と呼ばれる山々は、木島平の歴史と風土の舞台である。

かつて、「農業を豊かにしたい」と願って始まった田んぼの整備工事のさなか、村長室に駆け込んできた男が、いきなり大声を出した。
「村長、エライモノが出た!」
その男は、根塚を調査していた団長であった。美しい区画の田んぼを作るには、根塚の一部を削らなければならない。ゆくゆくは、すべて削る予定だった。その前に、記録だけは残しておこう。そう始まった発掘のとき、「エライモノ」は出てきてしまった。96年の5月20日のことである。

全長74㎝。見たことがない鉄の剣は、弥生時代の「赤い土器」とともに、黒い土の中に横たわっていた。3つの渦巻き飾りをつけたその剣は、「渦巻紋装飾付鉄剣」と命名され、日本中の考古学者や古代史ファンを驚かせた。卑弥呼の時代で1本しかない、日本唯一の剣である。

「根塚を破壊してはならない」
村は予定を変更し、根塚はすべて発掘調査。削り取るのはやめにして、今の姿を残そうと動きだした。次々みつかる弥生時代の遺跡の数々。しまいには「弥生の王墓」とよばれる首長の墓まで現れて、アクセサリーや剣など、貴重な品々も出土した。この遺跡の発見に、村は沸き立った。

少しずつわかってきたが、鉄剣は遠く朝鮮半島から来たものらしい。それは邪馬台国ではなく、日本海をつたって山を越え、この木島平までもたらされたのである。歴史の教科書ではわからない、弥生時代の日本海から関東をつなぐこの地域には、果たして何があったのか?謎とロマンが膨らむ一方で、すでに根塚の周りは田んぼのために整備してしまった。「土よりも土器が出た」とはいうものの、失ってしまったものは仕方がない。

発見から20年、ついに、新しい一歩が動いた。北の「平塚」、東の「大塚」「小塚」には、何かが残っているかもしれない。根塚よりも大きくて目立つ。こうして今まで、調査が進む。「平塚」では発掘が行われ、「大塚」は昔の記録が発見された。どうやら、遺跡が残っているらしい。ただし「小塚」は、いまでも謎に包まれている。

 

木島平村の歴史について学びたい方はこちら

●木島平村ふるさと資料館

木島平村の歴史はたいへん古く、根塚遺跡をはじめとした縄文~弥生時代の貴重な遺跡が複数あり、貴重な考古資料が出土しています。また、算額や古文書などの多くの価値ある文化財もあります。ふるさと資料館では、渦巻文装飾付鉄剣や勾玉などの根塚遺跡出土品(県宝指定)や、実物大写真複製の算額などの和算資料、昔の農具や生活具など懐かしの品々を展示しています。

住所 〒389-2303 長野県下高井郡木島平村上木島17762 農村交流館内(旧南部小学校)(地図はこちら
開館時間 9:00-17:00
休館日 毎週月曜日(祝日の場合は翌日)
入館料 無料
TEL 0269-82-2041(木島平村 教育委員会 生涯学習課)

 

●木島平村散策マップ(PDFで開きます)

遺跡・古墳編

句碑・街道編